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私の誠実のありか

  27, 2019 16:56
 人や作品に一つ二つ「ここは好きじゃないな/合わないな」とかもっと行きすぎると「ここが嫌い!」って感覚を抱いたとして、その人や作品(時には両方)の全てが「無理!」ってってなることって、私の場合はそうないなあということをぼんやり考えていた(いや結局はケースバイケースだとも思うし、ひとつを端に連鎖的反射的に全てが無理になる場合ももちろんわかる)。
 私の個人的な感覚の話だ。適当に聞き流してほしい。というか、もしかするとこの記事を読んであなたは私をとても「不誠実」だと感じてしまうかもしれない。でも書き留めておきたいから書いておきます。ちょっと考させられる(大したことはないけど)出来事があったので。

 私の中に生まれる人や作品に対しての「好きじゃない/合わない/嫌い」は、それこそ差別を助長するような内容とかでない限り、あくまで「私個人の感覚」だ。その人や作品に問題があるわけではない。強いて言えば私に受け入れるキャパがなかっただけなのだ。時に、特に自分の心身に余裕がなかったり攻撃的だったり意地悪な気持ちだったりするときはその「好きじゃない(以下略)」言葉にしてしまうときもある。今だから告白すると、私は少し前まで本当にたった一人の人とフォローしあって個人的なやりとりもしあうようなアカウントを持っていて、そこではかなり毒づくこともありました。あの作品のここが嫌い、ここがおかしい、あの人のここが云々かんぬん。私生活も含めてあれこれ吐き出していた。それがあまりに不健全で自分を自分で蝕んでいる気がしたので、年明け早々やめました。お相手には突然消して申し訳ないことをしたなと思ってはいるけれど、すごく心が軽くなった。言葉にしなくても良いことを言葉にしてたなって。吐き出すことでスッキリした気持ちになった気がしていたけど、存在させる必要のない毒を具現化させて自分で飲み込んで自家中毒起こしてるだけだった。
 まとまらない話で申し訳ない。
 「好きじゃない(以下略)」の気持ちを言葉にしてしまえばそれは「悪口」「陰口」と取られて仕方ないなと思うのですけれども、でもやっぱりその気持ちはあくまでもあくまでも「私個人の感覚」に過ぎなくて、そしてその人や作品に対する一面に対する気持ちでしかなくて、なので私としては、その人たちに慶事があった時には「おめでとう」と伝えたいなーと思っていますし伝えます。それを「八方美人」とか「あんなこと言ってたくせに」と言われてしまったらそれまでなんですけど(なので今回ほんと一人で反省したんです。上記のアカウントの関係で)。
 私は誰かが間違った(と私が感じる)ことをしていても「それは間違っている」と当人に伝えるようなおおよそ一般的な「誠実さ」を基本的に持ち合わせていません。疲れるからです。個人的な感情である「好きじゃない」諸々も、やっぱり当人に伝えることはそうないです。これも根本的には私が疲れるからです。全部私のためなんですごめんなさい。でも、私と関わってくれる方々の、嬉しいこと喜ばしいことは胸張って一緒に捉えられる自分でいたいなって思います。一方で「好きじゃない」部分があって良いと思う(私個人の感情なんだからそこを批判されるいわれはない)。ただし、その感情で相手を不用意に理不尽に傷つけてはいけないと当然、思います。
 それが多分、私個人が引く「誠実さ」の基準に一番近い感覚なのだと思う。八方美人や二枚舌と言われようとも。私はあなたの全ては好きではないけれど、あなたのこの部分が好きで、あなたが好きです。
 何が言いたいのか自分でもわからないけれど。そんなことを考えたりしていました。
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